野生生物との遭遇

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夜明け前に支度を済ませて、尾根づたいに北へ向かった。空気が乾いていて、昨日の廃集落とはまるで別の山のようだ。標高が上がるにつれ、木々の背が低くなり、風が急に冷たくなる。汗が一気に冷え、肩からザックの重さが増す。

獣の気配は濃い。足跡も多い。鹿だろうと思っていたが、ところどころ間隔の広い踏み跡が混じる。熊かもしれない。念のため鈴をザックの脇に移す。

急登がしばらく続いた。黙々と登っていると、背後でガサリ、と小さな音。振り返ると、野犬が一匹こちらを見ていた。痩せた体で、牙も剥かず、追ってくる様子はない。ただ見ている。長く目を合わせずに前へ進む。

尾根に出た瞬間、風が一段階強まった。雲が足早に去り、山肌にまだ朝の影が残っている。
そこで、また音がした。さっきより大きい。
バサ、ガサガサッ、と笹が揺れる。

熊だろうと身構えた。振り向いた。
黒と白の丸い塊が、のそりと動いた。

最初は熊に見えた。
だが、目の周りの黒い模様がはっきりした瞬間、脳が混乱した。

……パンダ?

一瞬、可愛いという言葉が浮かびかけたがすぐ捨てた。
野生は違う。体格も、動きも、力も熊そのものだ。
この距離で走られたら、逃げ切れない。

風向きが変わり、こちらの匂いが届いたのか、そいつは一度だけ首を動かし、興味を失ったように斜面を降りていった。
姿を見失ってもしばらく動けなかった。

地図では、ここは普通の山岳地帯のはずだ。
なぜパンダがいる。
そう疑問に思いながら、結局答えは出ない。

進むしかない。
妻を探すために。

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