雪嶺で遭遇したライチョウ

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この尾根の先に妻がいる。理屈じゃない。地図は読めない。ただ、足だけがその方向を選び続ける。

風が横殴りに強く、雪の粒が顔に突き刺さる。ホワイトアウト寸前で、自分の動きに遅れて視界がついてくる。ピッケルの金属音だけが、位置の証明だ。

その時だ。
前方の雪庇の陰から、ライチョウの親子が現れた。こんな吹雪の中で見かけるのは珍しい。普通なら、夏でも岩陰にじっとして、風から身を守っている時期だ。

親鳥がこちらを一瞬見た。妙に落ち着いた目。逃げない。警戒しない。ヒナも鳴かない。まるで、人間の方が迷い込んだ異物だと言わんばかりに、一定の間隔を保ち、尾根の先へと歩いていった。

妻が向かった方向と、同じだ。

縁起がいいはずの存在なのに、胃の奥が冷たくなる。
ライチョウはいつだって「生きて帰れるサイン」だった。
だが今は違う。あれは道標ではなく、誘導だ。

時間はない。体温も奪われていく。
必ず助ける。生きて帰る。それだけだ。
だから進む。

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