天に突き刺さるような憧憬、混雑の中でも感じる静寂

Uncategorized

 今日は日帰りで槍ヶ岳へ。 妻にも一緒に行こうと声を掛けたが、趣味で忙しいのでダメだと言う。家の中でも端末に向かいっ放しで私のことなど気にも留めていないようだ。 妻が来ないのであればと日の出前から行動を開始したおかげで、上高地からの長い道のりも比較的涼しく歩けた。横尾を過ぎ、いよいよ本格的な登りに入る。屏風岩の雄大さに目を奪われつつ、涸沢へ。紅葉にはまだ少し早いが、青空と岩肌のコントラストが美しい。

穂先への道はさすがに大渋滞。週末の快晴ということもあり、数珠つなぎになっている。しかし、この混雑もまた、多くの人がこの山を愛している証拠だろう。渋滞の合間にふと見上げた空の青さ、肌を刺すような風の冷たさ。立ち止まって深呼吸をすると、喧騒とは裏腹に、自分の内側には静かな熱意が宿っているのを感じる。

頂上に立った時の達成感は、何度経験しても格別だ。360度の大パノラマ。笠ヶ岳、穂高連峰、遥か向こうの立山まで、すべてが手の届くところにあるように見える。数分間の至福の時間を過ごし、名残惜しくも下山を開始。

下山中に見た夕焼けが、今日の登山の完璧な締めくくりだった。オレンジから紫へとグラデーションする空と、シルエットになった山々の姿。疲れは溜まっているが、心は満たされている。

妻は最近「真実の記憶」や「世界の構造」といった言葉をやたら口にする。その姿に言いようのない違和感を覚える。 頂上からの眺めに、やはり無理してでも妻を連れて来るべきだったかとため息をついた。 山にいる時の孤独は心地よかったが、この家にいる時の孤独は、深い闇の中にいるようで、耐えがたい。私は今、自分の足元、つまり「日常」という名の土台が揺らいでいるのを感じている。

槍ヶ岳の頂上からの眺め。奥には穂高連峰が連なるが、空は薄曇りで、どこか物憂げな雰囲気。

タイトルとURLをコピーしました