妻が家に戻らなくなって、既に一週間が経過しました。
警察には届けましたが、手がかりは見つかっていません。
彼女の異変は、山から戻った9月から始まっていました。あの時増えていた奇妙な専門書や、うわの空の表情…今思えば、全てが何者かの洗脳に向けた予兆だったのかもしれません。
私が家で発見した唯一の手がかり、それは一枚の招待状です。
差出人は、「木蘭国際法務研究所」

法務研究所? 洗脳? 妻は、この実体の分からない機関に関わって姿を消したのでしょうか?
中には地図。
紙質、折り癖、使用感。
誰かが何度も確認した形跡。
でも、何かがおかしい。
登山家は、地図を見た瞬間に身体が登攀の難度を計算し始めます。
だが、この地図だけは違うのです。
身体が、何も計算し始めない。
距離の予測が立たないというか…
視覚情報を入力しているのに、脳内に地形が構築されないのです。
言うなれば、地図を読むという行為そのものが、スリップしている。
私は登山家として、これまで世界中の極限を生き抜いてきました。今、私の目の前にあるのは、最も困難で、最も個人的な登攀です。
- 目的: 妻の救出と、「木蘭国際法務研究所」の実態解明。
- 装備: 冬季高所遠征用一式。防寒、登攀、そして情報収集。
- ルート: 既知のルートも、地理的な手がかりもありません。頼れるのは、長年の山行で培った、己の直感と、極限に耐えうる肉体、そして精神だけです。
私の探究は、単なる未踏峰の征服から、「真実の領域」への侵入へと変わりました。
生きて、必ず妻と共に帰ります。


