この冬の単独トレーニングとして、鹿島槍ヶ岳の東尾根に挑んだ。このルートの厳冬期単独行は、体力だけでなく、精神の集中力が試される。
ホワイトアウト寸前の吹雪の中、視界は数メートル。ピッケル一本、己の勘と経験だけを頼りに進む。一歩間違えれば滑落死という状況で、全身の感覚が研ぎ澄まされる。生と死の境界線で初めて、「生きている」という熱い実感が湧き上がる。
設営した雪洞の中は、外の嵐が嘘のような静寂だ。凍てつく夜、ヘッドランプの光の中で次の行動を計画する。山は常に、人間の傲慢さを許さない。技術や知識の先に、謙虚さと敬意がなければ、この世界では一歩たりとも進めない。
帰路、晴れ間から見えた五竜岳の威容は、嵐を乗り越えた者だけが見ることを許された、静かなる美しさだった。
鹿島槍ヶ岳・東尾根を単独で登攀する桐生岳彦の姿。厳しい冬山の景色。

